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甲府地方裁判所 昭和40年(行ウ)3号 判決 1967年7月29日

原告 近藤幹雄 外二名

被告 都留市長

主文

被告が原告近藤幹雄、同一木昭男、同松永昌三に対し昭和四〇年九月一五日なした各免職処分は、これを取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、原告ら訴訟代理人らは、主文同旨の判決を求め、次のとおり陳述した。

一、請求原因

1、原告近藤幹雄は、昭和三〇年四月山梨県都留市立都留短期大学助手、昭和三二年一〇月講師、この間昭和三五年四月右大学は山梨県都留市立都留文科大学(以下単に都留大と表示する。)となり、同三九年四月同大学助教授に任命され、音楽理論及び器楽の授業を担当し、被告一木昭男は昭和三五年七月都留大講師、同三九年四月同大学助教授に任命され、体育理論及び体育実技の授業を担当し、原告松永昌三は昭和四〇年四月同大学講師に任命され、日本史を担当してきた。しかして原告近藤幹雄、同一木昭男は昭和三九年五月一二日、原告松永昌三は昭和四〇年五月一八日夫々学生委員に選任されたところ、原告らはいずれも、昭和四〇年九月一五日被告より地方公務員法第二九条第一項第二号による懲戒免職処分を受けた。

2、しかし、右処分には後記のとおり処分に必要な手続を遵守しない瑕疵があり、違法であるのみならず、仮に右主張が理由がないとしても、原告らに対する処分理由とされる事実について、著しい事実誤認があり、且つ当時の都留大内の事情からすれば、本件各処分は権利の濫用であり取消さるべきものである。

よつて原告らに対する各処分の取消を求める。

(一) 本件懲戒処分の手続上の違法について、

(1) (大学管理機関の審査を経ない瑕疵)

被告主張事実2の(一)(1)記載のように、原告らに対する本件各処分が昭和四〇年七月二八日人事教授会で審議され、一般教授会に対して報告されたことは認めるけれども、教育公務員特例法は「教員は大学管理機関の審査の結果によるのでなければ処分を受けることはない」(第九条第一項)とされ、この場合の大学管理機関は「評議会」(第二五条第一項)であり、「評議会の権限は教授会が行使するものとされている」(同条第一項第三号)。一方都留大大学管理規定によると、一般教授会は学長、教授、助教授および専任講師をもつて構成すべく(第五条第一項)、その権限として「教員の人事に関すること」その他を「審議し、決定する」ものとされているから、本件懲戒処分の審査をする大学管理機関は一般教授会であり、右人事教授会は大学管理機関の権限を侵すものであるから、本来無効である。仮に有効であり、右管理規定の文理上、いわゆる人事教授会に懲戒処分等人事に関し審議する権限があるとしても、終局的決定権限は一般教授会にあるから、本件懲戒処分について人事教授会による審議の上、一般教授会において決定したのでなければ違法であるにもかかわらず、原告らについて大学管理機関たる一般教授会において本件懲戒処分を決定した事実がないのであるから、教育公務員特例法に違反する懲戒処分として取消さるべきものである。

(2) (「人事教授会」による審査手続の違法)

およそ懲戒処分という公務員の身分上重大な権利利益の侵害を伴う行政手続には憲法第一三条及び第三一条の趣旨から被審査者のため一連の手続的保障があり、教育公務員特例法にも懲戒処分については転任に関する同法第五条第二項から第五項の規定を準用し、陳述の機会の付与、参考人の意見聴取を定める。しかしそれだけでは不充分であるので、右事項のほか審査に関し必要な事項は大学管理機関が定めることとしている。ことに旧教育公務員特例法に定める公開口頭審理請求権、弁護人選任権、証人証拠資料の提出権は基本的原則で、これを欠く手続は重大な瑕疵がある。しかるに都留大には、かかる審査に関する規定が存在しないから、かかる規定なくしてなされた人事教授会の審査は違法である。また、原告らは人事教授会に対し公開審査及び参考人代理人弁護人の出頭を請求したほか、人事教授会の権限及び補充説明書に記載された具体的質問事項に関し、疑義あることを説明の上、人事教授会に対し再三口頭審査請求をしたがいずれも容れられなかつた。本人の請求により特段の事由のない限り口頭審査を行うべきことは、憲法第三一条を俟までもなく民主的手続の基本原則であるのに、これを拒絶してなした本件審査手続は違法であるから取消さるべきである。

(3) (「審査の事由を記載した説明書」を交付しない瑕疵)

被告主張事実中、2の(一)(3)記載のように、原告らに昭和四〇年六月一八日付「審査説明書」及び七月一四日付「審査説明補充書」が交付されたことは認めるけれども、もともと教育公務員特例法第五条第二項による「審査の事由を記載した説明書」では、特定の具体的事実を明示すべきにかかわらず、本件原告らには元来当初の審査開始について一般教授会でも特定がなく、人事教授会で審査対象とすべき具体的事実も特定せず、したがつて審査事由説明書にも記載された事実に特定がない。右書面は単に審査開始後質問形式で審査事実を探索するためのものに過ぎずこの点違法を犯しているが、これは市当局の要求に抗しきれず、原告ら学生委員に責任を負わせるため欠点をさぐることに由来するから、教育公務員特例法第五条の「審査の事由を記載した説明書」に該当せず、手続に違反するから取消さるべきである。

(4) (陳述の機会を奪つた瑕疵)

被告主張事実中2の(一)(4)記載のように、人事教授会が昭和四〇年七月二三日付「審査説明補充書にかかわる陳述の催促」と題する書面で回答を求めたので、原告らが書面による陳述をもつて回答したことは認める。しかしながら、教育公務員特例法第九条第二項同第五条第二、三項により、懲戒処分の審査に際し、被審査者に対し審査事由を記載した説明書を交付し、被審査者の請求により口頭又は書面で陳述する機会を与えなければならないところ、右陳述の機会を与えるとは、被審査者に審査対象たるべき具体的事実を明示し、これに対し被審査者が陳弁できるものでなければならないのにかかわらず、原告一木昭男、同松永昌三に対する各懲戒処分の理由は、いずれも人事教授会の審査事由説明書には全く記載されていない事項であり、同人らに陳述の機会を付与しないで審査をなした処分である。その他原告近藤幹雄の処分事由及び追加処分事由も、単に人事教授会から瞹昧な質問があつただけで、法の要求する審査事由説明書とは言い難く、これまた陳述弁解の機会を奪つた重大な違法があるから、教育公務員特例法第五条第三項の規定に違反した処分として取消しを免れない。

(二) 本件懲戒処分の内容上の違法―事実誤認―について、

被告主張の処分理由は、全く前提事実を欠き、事実を誤認したものであるから違法である。すなわち、

(1) 原告近藤に対する処分理由(二)のII(1)中、五月二一日開催の一般教授会で二〇日の落成式当日の学生の行動は学則上の懲戒の対象とならないものと認める旨決定したこと、翌二二日被告主張のような学生部長、学生委員連名の告示を掲示したことは認めるが、その余については否認する。中西学長が昭和四〇年五月二一日の右決定内容を五月二五日一般教授会まで秘密にすることを申渡す旨発言したことは全くなく、これを聞いたこともないから学長の命令に違反して告示をしたのではない。

(2) 原告一木に対する処分理由(二)のII(3)中同被告が五月二四日第一時限の担当講議の一部を学生討論会の場に供したことは認めるが、学長が講義を厳正に実施するよう通達したのは、五月二五日一般教授会の席上であつて、それ以前に学長の発言または通達の事実はなく、これを聞いたことはないし、同原告も当日担当講義を全然行わなかつたという事実もない。

(3) 原告松永に対する処分理由(二)のII(4)中、七月一〇日社会科学研究室を使用したことは認めるけれども、同原告としては、突如臨時休業及び建造物使用禁止がされたので、その意味が不明で、予定された毎週土曜日のゼミナールがあり同日は夏期休業前の関係上、授業計画の必要から、九日夕該大学事務局職員に対し研究室使用について学長に連絡してもらうよう依頼し同人の了解を得て、さらに一〇日米山大学事務局次長を通じて局長及び学長への連絡を依頼したが、学長からの許可の意思表示がなかつたので、止むなく研究室を使用したに過ぎず、決して告示を無視して使用したのではない。

(三) 懲戒権の濫用――処分の過重について

仮に原告らに対する各懲戒処分理由が、審査説明書記載の事実に基づいたものとしても、それだけの理由で懲戒免職という過重な処分に付するのは懲戒権の濫用として許されない。

(1) 原告近藤について、同人が五月二二日告示の起草と掲示に関係したのは、五月二一日一般教授会で、五月二〇日の落成式の学生の行動は学則上の懲戒の対象とならない旨決議され、格別学長より秘密とする旨の申渡もなかつたところ、翌二二日各新聞記事により市議会が、教授会や学生会の責任を問うこと、及び一般に学生アルバイトの家庭教師や下宿を断ろうとする動きが報道され、学生間に著しい動揺があり、二二日朝学生が新聞を携えてきたので、大学に宿泊中の学生部長及び学生委員その他二・三名の教官が相談の上、学生の混乱による授業勉学が落着いて実施できず教育上無価値であり、その動揺を防ぎ事態を冷静化するのに有効であると判断した結果、右告示内容を今野学生部長が起草し、新旧校舎に一枚宛掲示したのであつて、原告近藤は右掲示には直接携らなかつた。その後二五日の一般教授会でも何ら告示に異議等の問題がなく、学生委員として職責上、学生の不安動揺を除くのが適切な措置と判断した結果、右告示に関与したに過ぎず、学長の命令を無視しようとする意図は毛頭なくかかることで処分されるとは考えなかつた。

(2) 原告一木について、同人は学生代表から二〇日の落成式以後の大学の諸問題について学生間で話し合うため授業時間の一部をさいて貰いたい旨申入れを受け、特異な雰囲気では授業に身が入らないと考え、学生が落着いた後授業時間を若干遅らせて始めるのが教育上適当であると判断し、学長から格別講義を厳正に実施するという通達もなかつた結果、約四、五〇分後学生からの連絡で予定授業を三、四〇分行つた。当時八、九名の教官も同様な処置をとつた事実があるのにひとり原告一木にだけ懲戒処分として過重な処分に付したのである。

(3) 原告松永について、同人は七月一〇日土曜日のゼミナールが予定されており夏期休業前最終の授業で今後の計画を学生と打合せ参考文献の指示紹介、九月以後のゼミナール報告者の割当等の必要があり、九日夕刻事務局職員を介し学長に了解を求めることを依頼し、さらに翌一〇日米山事務局次長に同様の申入れをし、学長からの連絡を待つたが定刻三〇分を過ぎても不許可の連絡なく、事務局よりの連絡で、諒解は当然得られると信じて研究室を使用しゼミナールの打合せをした。当日は未だ教室等の使用願の書式も備え付けられておらず、また学長が授業計画に重大な変更のある臨時休業を一般教授会にはからず決定したことは、学校教育法第五九条に定める重要な事項の審議の趣旨に反し、都留大管理規定第四条第一〇号の研究教育及びその運営に関することを一般教授会でなさなかつた違法がある。

(4) 以上原告らの行為自体は極めて軽微な違反ないし懈怠にすぎず、懲戒処分の選択については処分権者の恣意を許すものでなく合理的理由を必要とするから原告らを単に注意程度に付すれば足りるものであつた。

(5) 元来原告らに対する処分は大学内部からでなく、任命権者たる都留市長や市議会から強力な要請があつた結果であり、それ自体大学の自治を甚しく侵害し、人事教授会及び学長が、その圧力に屈服してなされたものである。そして本件処分に至るまでの経過を見ると、学長及び人事教授会は市長や市議会議長からの原告らを含む五名の教官を指名した処分要求を容易に受け容れ、一般教授会の決議を経ずして人事教授会で審議し、原告らからの条理をつくした疑義解明の要求或いは口頭陳述その他審査手続についての要求をとりあげず、書面による陳述で審査を終了し(原告一木、同松永については質問事項にもないことを処分理由とした)、何人が考えても過重と思われる懲戒処分を決定し最終的に一般教授会の決議を経ずに被告市長に内申した。これは学長及び人事教授会が市側からの圧力に屈し、はじめから指名された学生部長及び学生委員たる身分のある原告らを対象として事の理非を問わず免職を決意し、たゞ形式的に審査したかの体裁を整えるため、殊更後日証拠を作成したものであつて、著しく裁量権の範囲を逸脱し、本件処分は懲戒権の濫用にあたる違法な処分であるから取消さるべきものである。

二、本案前の抗弁に対する主張。

本訴提起は行政事件訴訟法第八条第二項第二号の要件に何ら欠けるところはない。すなわち、原告らは本件懲戒処分によつて、生計の基礎を奪われたのみならず、学問研究の途も閉され甚しい損害を蒙つている。もつとも原告近藤、同一木は国立山梨大学の非常勤講師として週一回月額金三、五〇〇円、また原告近藤はNHK甲府放送合唱団の指揮者として月額金七、〇〇〇円の収入があるが、いづれも原告らは都留大教官としての基本的収入源を失う。他面原告近藤は小学校音楽教育法の研究に、原告一木は小学校体育教育の研究及び高地における体力医学的研究に、原告松永は大学院博士課程修了の関係上博士論文を提出するための研究に支障を生ずるのでこれを避けるため本訴提起の緊急の必要がある。しかして原告らは昭和四〇年九月二九日都留市公平委員会に対し地方公務員法第四九条所定の不利益処分審査請求をしているが、一〇月一九日第一回審理があつたのみでその裁決には多大の日時を要するので、本訴を提起した次第である。

三、被告の処分事由の追加の主張について、

(1)  被告の処分事由の追加の主張は、次のとおり懲戒権の濫用として許されないものであると共に、民事訴訟法第一三九条所定の時機に遅れた攻撃防禦方法に該当するから却下を求める。すなわち、

被告は原告らが昭和四〇年九月二九日都留市公平委員会に不利益処分審査請求をしたところ、一一月一六日第二回口頭審査まで、処分理由の追加をする意思がない旨確約したのに一一月二〇日突如処分理由を追加した。それ自体時機に遅れているが、被告は処分事由の記載の脱漏があつたと主張するが、右不服申立の際容易に判明し、補正し得たのにかかわらず、その措置をとらず、処分後二ケ月以上経過して、ぼう大な事由を追加するのは脱漏というよりは当初の処分事由では不充分とみて、専ら懲戒処分を維持するための目的手段で主張する形式的理由に基づく懲戒権の濫用のものであり、かつ時機に遅れた攻撃防禦方法として訴訟の完結を遅延させるものである。

(2)  被告主張の(二)のII(1)記載の追加処分理由については、原告近藤に関するものと同一の主張をする。また、被告主張の(二)のII(2)記載の追加処分理由中、被告主張のように、都留市議会が五月二九日「都留文科大学問題調査特別委員会」を設置し、原告らが証人として出頭したこと、及び被告市長が全市民にビラを配布したこと、被告主張のような「教授団声明」並びに「都留文科大学教官有志」「都留文科大学学生委員会教官」名の各書面を配布したことは認めるがその余の主張は全部否認する。

1、原告らは、五月二〇日前後から学生行動について憂慮し深夜まで対策に腐心し、落成式当日の学生のピケの解除に説得努力する等、学生委員として大学のため最善の努力をしたのに、一方的に原告らだけに責任を押し付けようとするのである。

2、被告都留市長が配布した六月二〇日「都留大学問題について」と題するビラの内容は事実に反し、かつ原告ら大学教官としての名誉を著しく傷つけたので、六月二二日学長に面会し一般教授会で対処するよう要望したところ、学長は原告らが個人の名誉を守るのはその自由であり、別段公務員法に違反しない旨発言したので、原告らは止むなく自己の名誉を守るため前示文書を配布したに過ぎない。

3、その他被告の追加処分理由の主張は、原告らを陥れるため何ら事実に基づかない事項、或いは無関係な事項を羅列してあり、原告らが学生と共謀したり、煽動したことはなく、また懲戒処分を免れる目的で行動したこともない。

第二、被告訴訟代理人は、「原告らの訴を却下する。訴訟費用は原告らの負担とする」との判決を求め、本案に関し「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする」との判決を求め、次のとおり陳述した。

1、本案前の抗弁。

地方公務員法第五一条の二はいわゆる訴願前置主義をとる。すなわち、地方公務員の不利益処分については同法第四九条所定の不利益処分審査請求の申立により裁決を経た後でなければ、行政処分取消訴訟を提起できないことは行政事件訴訟法第八条第一項但書に明定されている。もつとも同条第二項は例外として、一、審査請求の日から三箇月経過しても裁決がないとき、二、処分等により生ずる著しい損害を避けるため緊急の必要があるとき、三、その他裁決を経ないことにつき正当な理由があるときは、裁決を経ずして取消訴訟を認めている。本件において原告らは昭和四〇年九月二九日都留市公平委員会に対し、本件免職処分の取消を求める不利益審査請求をしたが、未だ裁決がないところである。したがつて、未だ同年一二月二九日までは本件取消訴訟の要件を欠く、また、原告らには著しい損害を避けるため緊急の必要は存在しないし、単なる個人的利害に関する経済上の損失は本案判決により容易に回復可能であり、研究は原告らの義務であつて権利ではないから、本訴は行政事件訴訟法第八条に該当する要件を欠き不適法として却下を免れない。

2、請求原因に対する答弁。

原告ら主張の事実中、一の1、(当事者の地位及び本件懲戒処分の理由)及び2の(一)(本件懲戒処分の手続上の違法)のうち、(1)(2)(3)(4)の各法文の存在することを認め、本件各処分に原告ら主張の違法が存在するとの点はすべて否認する。

(一)  本件懲戒処分の手続上の適法性について、

(1) (大学管理機関について)

学校教育法第五九条は「大学には重要な事項を審議するため教授会を置かなければならない」と規定するのみで、教授会の権限、構成及び運営は大学の自主的決定に一任されている。都留大の管理規定第四条は「教授会は次の事項を審議し決定する」と定め、第五条は右教授会を、教授会(一般教授会)と「人事に関する審議をする教授をもつて構成する会議」(人事教授会)との二つに区分し、各構成を規定し、第五条第一項は一般教授会が教員の人事に関することを審議決定する旨、同条第二項は人事教授会が人事に関することを審議する旨各定め、前者の招集手続、定足数及び議決数について第六条及び第七条に、人事教授会のそれは第八条に各規定している。そこで、都留大では右管理規定の構造に鑑み第四条所定の教員の人事に関することは専ら、大学管理機関たる人事教授会において審議し決定されると解釈される。審議権は当然に決定権を伴うものであり、従来の運営上からも教員の任命退職等の人事については人事教授会のみで決定されていた。これは教員人事について講師助教授等の同僚が構成員に加わると馴れ合う可能性から適当でなく教授のみが構成する人事教授会で審議することとした。

なお、本件処分には、事案の重要性に鑑み入念措置として、本来の昭和四〇年七月二八日人事教授会で全員一致で審議決定し、予備的に八月一一日一般教授会に報告し賛成一九、反対四、棄権一で各決定されている。人事に関する審議権は人事教授会になく一般教授会のみにあるという非難は失当である。

(2) (本件審査手続について、)

大学管理機関の審査手続は教育公務員特例法第九条第二項第五条第二・三項に規定し、右法条は、大学管理機関は被審査者に対し審査の事由を記載した説明書を交付しなければならず、被審査者の請求により口頭又は書面で陳述する機会を与えなければならない旨規定するほか、その手続、書式などはすべて管理機関の決定に一任されている。また陳述の機会を書面にするか、口頭でするか、公開非公開いずれにするか、弁護人を認めるかどうかは、あげて管理機関の決定に委ねられている。人事教授会は原告らの審査について「非公開、文書による陳述、本人に限る」という決定をしたのであるから何ら違法はない。

(3) (審査の事由を記載した説明書について)

人事教授会は昭和四〇年六月一五日原告らの処分審査開始決定をし、教育公務員特例法第五条第二項の規定に基づき六月一八日付審査説明書を、また右補充を兼ね事実を具体的に示し、審査対象を明示するため七月一四日付審査説明補充書を各交付した。右書面が同法第五条第二項の「審査の事由を記載した説明書」の要件を充足する一一項目にわたる質問形式をとつており、審査事実の具体的列挙に欠くるところがなく、その丁寧な表現方法は意思表示の解釈上、法定の説明書に該当することを疑う余地がない。このことは、原告らがこれに対し回答書面を提出している事実からも明らかである。

(4) (陳述の機会について)

教育公務員特例法第五条第三項は、被審査者が書面を受領した後一四日以内に請求した場合は、口頭又は書面で陳述する機会を与えなければならないとする。従つて請求がなければ陳述の機会を与える必要はないが、審査説明補充書で、原告らに昭和四〇年七月二二日までに逐条回答を求めさらに、七月二三日付審査説明補充書にかかわる陳述の催促をしたところ、原告らは夫々回答文書をもつて書面による陳述をした。原告らは文書による陳述の機会を与えられたものであり、その他原告らが人事教授会に対し陳述を請求したことはない。

以上の次第で大学管理機関における審査手続には何らの瑕疵もなく適法妥当に行われたものである。

(二)  本件処分理由の適法性について、

I 処分理由の追加について、

原告ら主張の処分理由のほか、被告は昭和四〇年一一月二〇日付書面で脱漏したものとして次のとおり処分理由を追加して通知した。もとより右処分理由の追加は、行政事件において訴訟進行の段階でも許され、かつ一旦交付した説明書に脱漏した処分事由の追加交付も任意であり、大学管理機関の追加処分の内申は任命権者たる被告市長を拘束するのみならず、原告らは既に処分理由全般にわたり充分な攻撃防禦を尽しているから許される。

II 本件懲戒処分の理由

原告らは次のような違反行為を犯し、いずれも地方公務員法第二九条第一項第一号第二号に該当するものである。すなわち、

(1) (原告ら三名共通の「五月二二日の掲示問題」について)

本件行為は原告近藤の処分理由であるが、原告一木、同松永についても同様処分理由として追加する。

昭和四〇年五月二一日一般教授会は、同月二〇日の新校舎竣工式における学生の行動は、学則上の懲戒の対象にならないものと認める旨の決定をし、中西学長から「市議会議長に対する解答の全体的検討の必要上、これを五月二五日の一般教授会まで秘密にすること」を命令されていたにもかかわらず、原告らは共謀の上、右職務命令を無視して、学生部長及び学生委員連名をもつて「去る二〇日の落成式当日における学生諸君の行動については、とかくのうわさが流れているが、諸君の行動は大学自治確立のためやむにやまれぬ心情にもとづくもので、学則上の懲戒の対象にはならないものである」(五月二二日付)旨の告示を起草し、これを掲示することに関係した。右告示は今野学生部長と原告らなどのみが、相談の上、修飾文言を挿入の上起草し、原告一木は新旧校舎に掲示した。右告示は以後の学生らの暴行を是認助長する一因となつた。

(2) (原告ら三名共通の学生の煽動、印刷物の配布について)

次のとおり処分理由を追加する。すなわち、都留市議会は同年五月二九日「都留文科大学問題調査特別委員会」を設置しその調査のため原告らを証人として出頭せしめ、また被告市長は六月二〇日「都留大学問題について」と題する書面を全市民に配布したところ、原告らは、

一、五月二二日の「学内民主化闘争の記録」出版記念会なる無届集会に出席し、学生とともに対市共闘宣言に参加した。

二、六月二三日教官一五名の署名があると称して「教授団声明」を新聞記者に発表するとともに旧校舎掲示板に貼付した。

三、六月二五日都留大教官有志名で「市民の皆様へ―都留文科大学問題に関連して――」と題する印刷物を新聞折込みで市民に配布した。

四、六月二七日都留大学生委員会教官名で「市長、議長の調査結果に反論する」と題する印刷物を三同様配布した。

五、都留大学生委員会教官団名で「公立都留文科大学問題経過概要」と題する印刷物を作成配布したが、同書面には原告近藤幹雄名で「資金難のためカンパをお願いいたします」旨記載している。

六、右各期間を通じて学生の違法不穏な行動が続出したが、学生委員として学生を指導すべき職務を負うにもかかわらず、何らの説得をせず、かえつて学生を教唆煽動した。以上原告らの諸行動に力を得た学生会執行部は、大学設置者たる被告市長に反抗し、ついに学生の同盟休校を決議するに至つた。

(3) (原告一木昭男の授業放棄について)

昭和四〇年五月二〇日の学生デモ以来学生集会がしきりに行われるようになつてきたことや当時の学内外の情勢からみて、学長は教員及び学生に対し、教授会、講堂での訓示、または学長告示等をとおして、講義は厳正に実施するよう屡々通達したにもかかわらず、原告一木昭男は五月二四日第一時限の担当講義(授業科目「体育学講義」第一年次対象)を行わず、講義外の学生討論会の場に供した。右行為は単純なる職務怠慢のみをもつて非難されるに止まらず、同人の行動を総合すれば、学内騒動を助長煽動したものであつた。

(4) (原告松永昌三の学長告示違反について)

昭和四〇年七月八日学生自治会は翌九日から同盟休校に突入することを決議したので、中西学長は混乱をさけ、かつ学生の反省を促すため、同月九日から同月一七日まで臨時休業とすること、及び学長の許可なくして土地建物の使用を禁止する旨の告示をしたにもかかわらず、原告松永昌三はその告示を無視し七月一〇日午前一一時三五分頃から社会科学研究室を使用した。当時異常な状況で、原告松永が右行為を行つたことは学生の反抗を助長し、公然と学長の職務命令に違反したことになる。

(三)  原告らの裁量権の濫用の主張について、

(1) 原告らは本件処分は人事教授会が市当局の圧力に屈して行つた大学自治を侵害するものである旨主張するが、これを否認する。市議会の調査特別委員会は地方自治法第一〇〇条により市議会の独自の権限として活動したものであり、また六月八日被告が学長に対し原告らの責任究明を申入れたとしても、市立大学の教官に違法行為があると思料すれば、その究明を申入れるのは当然の措置であり、かつ右申入れが人事教授会のメンバーに直接に圧力を加えたり、その審議に影響を与えた事実は皆無である。五月二一日の一般教授会の後に五月一九日の学生抗議集会における原告らの言動、五月二〇日夜の一部教官の秘密会合、五月二二日の一部教官と学生との対市共同闘争宣言、五月二四日原告一木の授業提供等学生に対する煽動行為が次々と明るみに出たので、人事教授会はその独自の判断に基づいて原告らの違法行為を検討したものであつて、市当局の干渉があつたものではない。

(2) 原告ら主張のように裁量権を濫用したこともない。すなわち、大学管理機関の判断は、特別権力関係の自律権の行使として、著しい裁量権の濫用がない限り認容されるところである。原告らに対し懲戒命令を発動するか、いかなる処分を選択するかは裁量の問題であり、濫用ありとするにはその処分が全く事実上の根拠を欠くか、若くは社会通念上著しく妥当を欠き裁量権の範囲を超えるものでなければならない。右裁量権行使の基準は、行為の軽重のほか、本人の性格及び平素の行状、右行為の他の職員に与える影響等諸般の要素を斟酌すべきところ、本件において、人事教授会はこれらを慎重に検討し、原告らを懲戒したのであり、住民の批判と議会の意向を充分考慮すべきで原告ら教官が学生を煽動し、或いは学生と共同して大学当局及び被告市長に反抗したのであるから、本件処分が過重であつて裁量権の濫用であるとは到底解しえない。

第三、立証関係<省略>

理由

第一、職権をもつて被告の本案前の抗弁について判断する。

原告らは被告に対し本訴において被告が原告らに対し昭和四〇年九月一五日なした各免職処分の取消を求めるものであり、本訴を昭和四〇年一〇月二一日に提起したことは本件記録により明らかである。ところで、免職処分取消に関する訴訟は、地方公務員法第五一条の二によれば、不利益処分審査請求に対する裁決を経た後でなければ提起することができない旨規定しかかる場合行政事件訴訟法第八条第一項但書によれば、審査請求に対する裁決を経るか、同条第二項第一号による審査請求の日から三箇月を経過するか、その他の事由のない限り、訴を提起することができないこととなつている。そして本件において原告らが昭和四〇年九月二九日都留市公平委員会に対し不利益処分審査請求をし未だ裁決がないことは当事者間に争いがない。すると本訴は一応行政事件訴訟法第八条但書に違背する瑕疵あるものといわなければならないけれども、右審査申立の日から三箇月の期間を経過しても、審査請求に対する裁決がなされなかつたものであるから、右期間経過と同時に本訴は前示同法条第二項第一号所定の要件を充したことになり、右瑕疵は治ゆされ、結局本訴は適法となつたものと解するのを相当とする。したがつて被告の本案前の抗弁は理由がないからこれを採用しない。

第二、原告らの本訴請求について判断する。

原告ら主張事実中一の1、記載のように、原告らがそれぞれ都留大教官であつたところ、昭和四〇年九月一五日被告が各原告につき懲戒処分としてその主張の各免職処分をなしたことは当事者間に争いがないところである。

(一)  原告らは、前示懲戒処分には手続上の違法が存在するので取消を求める旨主張するので、以下判断する。

(1)  原告らは本件各処分は教育公務員特例法所定の大学管理機関の審査の結果を経ずしてなされた手続上の違法がある旨主張する。

原告らは都留大の教員であることに争がないのであるから、原告らに対する懲戒処分は、教育公務員特例法第九条第二五条一項に基づいて、都留大教授会の審査を経なければならないことは原告ら主張のとおりである。しかしながら学校教育法第五九条は「大学には重要な事項を審議するため教授会を置かなければならない」と規定するのみであるから、その教授会の権限、構成及び運営は大学の自主的決定に一任されているものと解すべきである。

しかして、成立に争いがない甲第三号証ないし第六号証、第八号証、第九号証、第六〇号証、第六三号証及び乙第一号証、第六〇号証、証人中山義典の証言により真正の成立を認める甲第二九号証、証人堀内礼子の証言により真正に成立を認める甲第四九号証、証人大野三郎の証言により真正の成立を認める乙第五号証ないし第七号証及び証人中西清、同白川今朝晴、同八野正男、同大野三郎の各証言、証人中山義典、同堀内礼子の各証言の一部を総合すると、都留大の管理規定第三条には、単に都留大に教授会を置くことを定め、第四条には、その教授会は「次の事項を審議し決定する」と定めて、権限事項を列挙し、第五条は右教授会の構成について、二種類に分ち、その一項は学長、教授、助教授および専任講師を構成員と定め、第二項には、第四条に定めた権限中人事に関する審議は、教授のみをもつて構成する会議(人事教授会)によつて審議する旨を定めており、前者の招集手続、定足数及び議決数については第六条及び第七条に、人事教授会のそれは第八条に「人事教授会の議事は出席者の過半数により決する。また人事の審議については即決をさけ、その決定にあたつては原案提出の日から一四日以上の期間をおくものとする」旨各定めて人事教授会にも決定権能が存在することを前提とする規定があること、それは職員の任命退職等の人事については教授のみをもつて構成する人事委員会において審議決定することが、講師助教授等の同僚間の馴れ合い人事を封ずるのに適切であるとされたためであること、及び原告らの各免職処分の決定につき昭和四〇年六月八日一般教授会において人事教授会による審議開始決定がされ、その審議過程で原案を作成し、同年七月二八日人事教授会で全員一致により懲戒免職処分相当と審議決定したこと、そこで八月一一日開催の一般教授会においてその旨結果報告をし、賛成一九、反対四、棄権一をもつて決議され、その結論の承認を得て、被告市長にその旨上申されたものであることが夫々認められる。前示認定に反する証人今野達、同田中彰の各証言、証人中山義典、同堀内礼子の各証言の一部は措信し難く、原告近藤幹雄、同一木昭男、同松永昌三各本人尋問の結果も右認定を覆すに足らず他に証拠はない。

すると都留大には、大学管理機関として、その権限が分配された二つの教授会があり、教員の人事に関することは大学管理機関として人事教授会において審議し決定するものとし、右審議権には当然に決定権を伴うものであると解するのが相当であり、右教授会において審議決定されたものであることが認められる。したがつて原告らの前示大学管理機関の審査を経ない手続上の瑕疵が存在する旨の主張は理由がない。

(2)  原告らは、都留大の管理規定によれば、人事教授会には何らの公開、口頭、弁護人選任等の手続上の基本的人権保障規定を欠くのにかかわらず、原告らの再三の口頭審査請求をも無視して審査手続を強行した違法がある旨主張する。

しかしながら、大学管理機関の審査手続について、教育公務員特例法第九条第二項第五条第二、三項の規定により大学管理機関は被審査者に対し審査の事由を記載した説明書を交付しなければならず、被審査者の請求により口頭又は書面で陳述する機会を与えなければならない旨規定するのみで、そのほかの手続、書式などについては何らの規定は存しない。そうすれば、同法条の趣旨に従い、法令の趣旨に反しない限りこれらはすべて管理機関において自立的に自由に予めこれを定め、または随時これを定めることができ、その決定に一任されているものと言うべく、公開非公開、口頭又は書面、弁護人の出頭を許すか否かも大学管理機関自体が定め得るものと解するのが相当である。

しかして前顕各証拠及び成立に争いがない乙第三〇号証の一、二によると、原告らは人事教授会の審査手続について公開、口頭、弁護人の同席を要求したけれども、人事教授会ではその都度非公開、文書による陳述、本人に限る旨を決定し、右決定について何らの異議なく審議され決定されたものであることが推認でき、他に右認定を妨げるに足りる証拠は存在しない。したがつて原告らの右審査手続に違法の存在することを理由とする主張もこれを採用するに由がない。

(3)  原告らは「審査の事由を記載した説明書」を交付しない瑕疵がある旨主張する。

被告が原告らに昭和四〇年六月一八日付「審査説明書」及び七月一四日付「審査説明補充書」を交付し、かつ七月二三日付「審査説明補充書にかかわる陳述の催促」と題する書面で回答を求めたところ、原告らは夫々書面による陳述をもつて回答したことは当事者間に争いがない。

しかして教育公務員特例法第五条第二項による審査の事由を記載した説明書が特定の具体的審査事由たる事実を明示すべきものであることは原告ら所論のとおりである。しかしながら前示各証拠及び証人沢田章の証言を総合すると、被告は前示六月一八日付審査説明書では具体的事実が明確でないとして、これに関連して七月一四日付審査説明補充書を交付したものであり、同書面には被告が本訴において主張する処分理由(但し後記(4)記載の原告一木昭男、同松永昌三部分を除く)及び追加処分事由と一致する一一項目にわたる処分事由があるとしてその回答を求める趣旨を含む質問形式をもつて処分理由たる具体的事実を列挙し、これが回答の催促をしたものである事実を認定することができ、他にこれに反する証拠はない。

前叙認定事実によると、右両書面は争いのない事実と相俟つて、教育公務員特例法第五条第二項に規定する「審査の事由を記載した説明書」として多少具体性を欠くとしても、その表現方法に照らし原告らにおいてその処分事由を認識するに足りるものと判断できる。したがつて右書面は法定の説明書の要件を具備するものと解することができ、これと牴触する主張を前提とする原告らの前示主張もこれを採用できない。

(4)  原告らは「陳述の機会を奪つた瑕疵」がある旨主張する。

教育公務員特例法第九条第二項第五条第二、三項により、審査事由を記載した説明書を交付し、かつ口頭又は書面で陳述する機会を与えなければならないことは前記説示のとおり明らかである。

そこでこれを本件について見るに、成立に争いがない甲第一九号証、第二三号証、乙第八号証の一ないし三、第一〇号証及び証人中西清の証言並びに原告一木昭男、同松永昌三各本人尋問の結果によると、原告一木昭男の授業放棄、同松永昌三の学長告示違反に関する各懲戒処分理由については、いずれも人事教授会の審査説明書及び審査説明補充書には全く記載されていない事実に基づいてなされたに過ぎないものであつて、同原告らは口頭は勿論書面によつても陳述、弁解の機会を付与されないで審査、処分されたものと認めることができ、他に証拠はない。すると、このような方法によつて同原告等を各処分することは、前示法条に違反するから、これをもつて処分事由とすることは許されないところである。したがつて右事実に関する原告らの「陳述の機会を奪つた瑕疵」の存在を理由とする主張は、その理由があることに帰する。

しかしながら原告近藤幹雄の処分事由及び各原告に対する追加処分事由については、前記(3)記載事実のとおり事由を識別するに足る審査説明書及び審査説明補充書に対し原告らが夫々書面による回答陳述の機会を与えられているから、陳述の機会を奪つた瑕疵は存在せず、有効に審査手続がされたものと謂うべきである。

(二)  次に被告の処分事由追加の主張について判断する。

被告が原告らに昭和四〇年一一月二〇日付書面で処分理由を追加して通知したことは当事者間に争いがない。しかして被告はその理由は行政事件において訴訟進行の段階で脱漏した処分事由の追加は一般に許され、原告らもこれについて充分な攻撃防禦を尽している旨主張するのに対し、原告らは右処分事由の追加は専ら懲戒処分を維持する目的手段に基づく懲戒権の濫用のものであり、かつ民事訴訟法第一三九条所定の時機に遅れた攻撃防禦方法に該当して許されない旨主張する。

原告らは昭和四〇年九月一五日各免職処分に付せられたので、同月二九日都留市公平委員会に対し不利益処分審査請求をしたところ、被告は第二回口頭審査後の一一月二〇日処分事由の脱漏を理由として処分事由を追加し、本訴提起は同年一〇月二一日でありその処分事由追加の主張は一一月二二日付被告の答弁書「抗弁及び被告の主張」のうち第三「処分理由の追加」の項においてであることが弁論の全趣旨並びに本件記録に徴して明らかである。しかし、右追加事由は、証人大野三郎の証言によりその成立を認め得る乙第一九号証、証人沢田章の証言によりその成立を認め得る乙第五七号証によれば、原告らに対する懲戒手続がとられた過程においてすでに懲戒事由とされていたことが認められるので、かかる場合は、審査又は訴訟の段階において追加することも許されるものと解する。そして前事実と本件事案及び前示期間、その他双方の攻撃防禦の事情等を併せ考えても、未だこれをもつて被告が故意又は重大な過失により時機に遅れて提出した攻撃防禦方法であるとはいえないし、特にこれがため、訴訟の完結を遅延させたりまた懲戒権を濫用したものとまで認めるのは困難である。すると被告の前示処分事由追加の主張は許されるものと判断すべきである。

(三)  そこで原告等の本件懲戒処分の内容上の違法、すなわち事実誤認及び懲戒権の濫用を理由とする本件処分の取消請求について判断する。

(1)  原告ら共通の処分理由たる「五月二二日の掲示」について、

昭和四〇年五月二一日開催の一般教授会で二〇日の落成式当日の学生の行動は学則上の懲戒の対象とならないものと認める旨決定したこと、翌二二日被告主張のように、学生部長、学生委員連名の告示を掲示した事実は、当事者間に争いがない。

証人大野三郎の証言により真正の成立を認める乙第一九号証の一部及び証人中西清、同白川今朝晴、同八野正男、同大野三郎、同安田精致の各証言によれば前示昭和四〇年五月二一日開催の一般教授会において、中西学長から「市議会議長に対する解答の全体的検討の必要上、これを五月二五日の一般教授会まで秘密にすること」なる旨の発言のあつたことは認められるが、右が学長の職務命令であつたとの点についてはこれを認めるに足る証拠はない。蓋し一般教授会と学長の職務命令との関係について考察すれば、学校教育法第五八条第三項に「学長は校務を掌り、所属職員を統督する」との規定はあるが、成立に争いがない甲第一二号証、第二六号証、第二七号証、第五二号証の一ないし四、及び証人今野達、同沢田章、同中山義典、同堀内礼子の各証言並びに原告近藤幹雄、同一木昭男、同松永昌三各本人尋問の結果を総合すると、前示発言は当日の一般教授会決定事項の記録にもその旨の記載はなく、出席教官中には右発言を聞いていない者も相当数おり、右発言を衆知せしめる挙に出ていないことが認められ、証人大野三郎の証言によつてその成立を認め得る乙第三号証によれば同日の一般教授会記録として作成された文書中、右発言部分について訂正した痕跡が顕著であることが認められ、更に証人八野正男の証言、原告松永昌三本人尋問の結果によれば、右告示掲示後の最初の一般教授会においても、右掲示についてなんら問題にされていないことが認められる。以上の各事実から考えれば、学長の前示発言は、当時学長の職務命令ないし一般教授会の申し合せ事項として扱われたものと認めるのは困難である。右事実によると、未だ原告らが共謀の上学長の職務命令を無視したり、又は職務義務に違反あるいは懈怠して掲示文を学生に公表したものとは言い難いところである。

(2)  原告ら共通の処分理由たる「学生の煽動、印刷物の配布」について

一、先づ被告は原告らは五月二二日学生会主催の「学内民主化闘争の記録」出版記念会に出席し、学生と共に対市共闘宣言に参加した旨主張するけれども、証人大野三郎の証言により真正の成立を認める乙第一九号証の一部及び証人大野三郎、同安田精致の証言の一部及び原告近藤幹雄、同一木昭男、同松永昌三各本人尋問の結果を総合すると、原告一木昭男、同松永昌三は五月二二日旧校舎一二番教室で学生会主催の「学内民主化闘争の記録」出版記念会なる集会に出席し、もと都留大教授にして北海道大学教授たる田中彰の講演を聴取した事実はあるけれども、右講演終了と共に退席し同教授の応待をしたものであつて、その間学生と共に対市共闘宣言に参加したとの事実を認め得るに足りる的確な証拠はなく、これに反する前示乙第一九号証の一部及び証人大野三郎、同安田精致の各証言の一部は措信し難い。もつとも証人安田精致の証言により真正の成立を認める乙第四八号証、第五八号証の一ないし六によると、五月一〇日学生委員長木下真治の「経過報告」と題する書面には、学友全総決起のもとに更に教授会と共闘して闘う旨、また学生写真報道部撮影の写真説明には、五月二二日学生と教官とが共同闘争宣言をしたかの如き記載があるが、成立に争いがない乙第六一号証の一五によると右は学生が学生自身の行動を展開し、大学の自治を守るためには、教授会も学生の意見に同調してもらえるだろうとの期待をこめてなしたものに過ぎないものと認められ、他に被告の右主張事実を認めるに足りる証拠はない。したがつて右事実の存在を前提とする被告の前示主張は採用できない。

二、次に被告は、原告らが五月二二日から六月二七日までの各期間を通じて学生の違法不穏な行動が続出したが、学生委員として説得指導を行わず、かえつて学生を教唆煽動した旨主張するけれども、被告の右主張の処分事由が具体的にどれを指すのかは必ずしも明確でなく、かつ原告らが学生を教唆煽動したとの事実は未だこれを認定するに足りる証拠はない。却つて証人今野達、同中山義典、同堀内礼子の各証言及び原告近藤幹雄、同一木昭男、同松永昌三各本人尋問の結果を総合すると、原告らは学生委員の教官として、昭和四〇年五月一九日から翌二〇日にかけて右学生行動について憂慮し深夜まで対策に腐心し、学長と学生執行部員との会談の場を作るよう連絡をとり、また落成式当日は学生のピケの解除に説得努力し学生委員として善処したこと、及び五月二五日一般教授会で学生委員を辞退したい旨希望したがこれが容れられず、以後は市議会の疑惑もあつて学生との接触による誤解を回避するよう消極的にならざるを得ない状態であつたこと、並びに学生委員の教官として再三一般教授会の開催を要求して事態を拾収しようと考えていたが、最早学内騒動は学生委員その他の教官をもつてしても阻止し難い状態の団体的各種行動にまで発展していたものであることが認められ、これに反する証人中西清、同白川今朝晴、同八野正男、同大野三郎、同安田精致、同古屋千代子の各証言は措信し難く、他に証拠はない。右事実と前示第二の(三)(2)一、認定事実を併せても、原告らが学生委員として適切な指導説得に欠けたとはいえず、また学生を教唆煽動したことを首肯し得る証拠はないことになるので、被告の前示主張も採用できない。

三、被告は原告らが被告に反抗する印刷物の配布をして学生を教唆煽動した旨主張する。

都留市議会が五月二九日「都留文科大学問題調査特別委員会」を設置し、原告らが証人として出頭したこと及び被告都留市長が六月二〇日「都留大学問題について」と題する新聞折込みを市民に配布したこと、並びに原告らが六月二三日教官一五名の署名で「教授団声明」を新聞記者に発表し旧校舎掲示板に貼付し、六月二五日都留大教官有志名で「市民の皆様へ――都留文科大学問題に関連して――」と題する印刷物、六月二七日都留大学生委員会教官名で「市長議長の調査結果に反論する」と題する印刷物を夫々新聞折込みで市内に配布し、さらに都留大学生委員会教官名で「公立都留文科大学問題経過概要」と題する印刷物を作成配布したことは、当事者間に争いがない。

成立に争いがない甲第一七号証の一ないし三、第一八号証、乙第二六号証ないし第二九号証、第五四号証、証人大野三郎の証言により真正の成立を認める乙第一九号証の一部、第四七号証、第四八号証及び証人中西清の証言並びに原告近藤幹雄、同一木昭男、同松永昌三各本人尋問の結果を総合すると、原告らが右印刷物を配布した経過は、六月一七日都留文科大学問題調査特別委員会は調査結果を発表し、被告も記者会見するとともに、六月二〇日市長名の「都留大学問題について」と題する新聞折込みを市民に配布したが、その内容中には、「学生会の行動は一部教官が煽動している。教授会の秘密が公表されている。一部教官と学生会の共同闘争が行われている。一部教官が学生の暴力を認め学生を煽動していることが判明したので、中西学長を招き不適任と考える教官らの名を示して教授会の意向をききたいと要請した」旨、原告らには事実に反し、かつ大学教官としての名誉を著しく傷つけられたものがあつたので、六月二二日原告らは中西学長に面会し一般教授会で対処するよう要望したところ、学長は原告ら個人の名誉に関することで、これを守るのはその自由であり、別段公務員法に違反しない旨発言したので、原告らは止むなく自己の名誉を守るため、六月二三日以降市当局の事実誤認である旨、かかる行為は大学の自治を侵害するものであることを訴え、その旨記載した前示各文書を配布し、学生も右事態に同調し、大学事務局員の更送、経営管理権の大学への移行等を要求するほか、市当局、大学事務当局、学長に対し各種の学生行動を示し、都留大学生委員教官団名で「公立都留文科大学問題経過概要」と題する印刷物を作成配布して、事業の真相を訴えた。同印刷物中には「我々はこれら一連の被告の介入は大学の自治をその根幹において破壊する行為であると認識し、これが排除に全力を尽くす決意を固めた」旨、また原告近藤幹雄名で「資金難のためカンパをお願いいたします」旨の記載があることを認めることができ、以上の事実を覆えすに足りる証拠はない。

また前示乙第八号証の一ないし三、第一〇号証、前記認定の事実並びに弁論の全趣旨からすると、原告らに対する本件懲戒処分の審査は、当初市側の責任追及を契機として昭和四〇年五月二〇日における落成式当日の学生抗議集会に関する原告らの責任問題として開始されたが、その手続の開始を不満とする学生が大学当局並びに市当局に対し各種の要求や行動をなし学内が混乱し、これに対しこの間市当局は原告らを非難する趣旨の発表をなし、原告らがこれに対する弁明乃至反論として前記印刷物の配布等をなしたものであること、しかし前示落成式当日における原告らの責任については不問に付されて、右印刷物の配布行為等をもつて懲戒事由とされたものであることを認めることができる。以上の認定の事実によると、前記印刷物の配布行為は、市側の要求を契機に人事教授会が原告らに対して懲戒処分事由として維持できなかつた落成式当日の責任追及のため開始された審査手続により惹起された学内混乱の中で行われた原告らの行動を取り上げたもので、市及び大学当局も右行為をなさしめるについての責任の一半を負わなければならない。また原告ら教官が未だ大学管理機関の審査中にして、正規の決定もないうちに、市議会及び被告が市民に発表したことによつて、一般市民が「原告ら教官は学生を煽動し共闘したものであり、大学教官として不適格である」旨の予断を持つに至り、これに対し原告らが沈黙を守るときは、恰も一般市民、大学管理機関に対し右記載事実を認容したかのごとき印象を与え、さらには原告らは窮地に立たざるを得ない結果となるし、他方前段認定の原告らに対する中西学長の発言は、原告らには一面において原告ら個人の名誉を守ることは自由であつて別段公務員法に違反しない旨の意味を有し、反面において、人事教授会による原告ら教官の懲戒処分の審査手続中に被告及び市議会が発表文を通じて処分方の要請を行つても大学の自治には関係がなく、これを咎めることはできない旨を暗に表示したものと受取れたから、原告らは右被告の後者の見解とは全く相容れない意見を有したので、一面において大学教官たる原告ら個人の名誉を守る必要があつたし、反面においては大学の自治を擁護する必要もあつたものと認められる。即ち原告らの右弁明については学長の許可があつたものであるのみならず、原告らの前示行為は市側の行為によつて惹起されたものとも認められ、その点において市側もその責任の一半がないとはいえず、右行為は大学の自治の擁護と自己の個人的名誉を守るため止むを得ざるに出でた措置として正当視されるべきものであり、かつその立場においては何人に対しても他にとるべき方法を期待し難いところである。したがつて前示理由が法条違反の所為に該当するか否かの判断が原則として大学管理機関の裁量に任されているとしても、これを処分理由とすることは著しく社会観念に反し、その裁量権の範囲を逸脱したものとして懲戒権の濫用にあたる違法な処分であると判断するのを相当とする。

(四)  以上の次第で、被告の主張する懲戒免職処分理由中、上記第二の(一)(4)記載のとおり原告一木昭男の授業放棄、同松永昌三の学長告示違反に関しては、すでに同人らの陳述の機会を奪つた手続上の瑕疵がありこれをもつて処分理由となすことは違法であり、また上記第二の(三)(1)(2)一、二の原告ら共通の処分理由たる五月二二日の掲示問題は学長命令を無視したものとはいえず五月二二日の「学内民主化闘争の記録」出版記念会では学生と対市共闘宣言に参加したとはいえず、その他原告らが殊更学生を教唆煽動したとの事実を肯認できないから、これを処分理由とすることは事実の根拠を欠き違法である。さらに上記第二の(三)(2)三、に関する原告らの各種印刷物の配布については、その事実の経過に照らすと結局大学の自治の擁護と自己の個人的名誉を守るため止むを得ざるに出でた措置であり、他にとるべき方法を期待することは困難であつたから、本件に顕れた一切の事情を考慮してもこれを処分理由として懲戒することは著しく社会観念に反し、その裁量権の範囲を逸脱した懲戒権の濫用にあたるものとして許されない。すると、原告らは未だ地方公務員法第二九条第一項第一号には該当せず、同第二号については権利濫用となり、これを理由とする被告の原告らに対する本件各懲戒免職処分はこれを取消すべきものと謂わなければならない。

第三、よつて原告らの本訴請求は、爾余の判断を俟までもなく、これを正当として認容することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小河八十次 清水嘉明 若林昌子)

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